曖昧であることが正しい?! オニフスベと蓮の葉とボロノイ分割

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ハスの花とオニフスベの写真を撮りながら、昨日ハマったボロノイ分割を思い出して、とりとめもなく、色々と考えてしまいました。そんな事を今日は、つれづれと。(^^;

終りが近い青原寺のハスの花

久々に青原寺に立ち寄ってみました。 もう、ハスの花は終わってしまっただろうと思って、立ち寄ったんですが、まだ、咲いていました。もちろん、もう、そろそろ終わりって感じではありましたけど。まだ、今週いっぱいくらいは、見れるかもしれませんね。

青原寺のハスの花

 

オニフスベ

その後、vif穂高の近くで、オニフスベを見つけました。
大きなものは、既に茶色く変色してしまっていたので、ハンドボールを一回り大きくしたくらいのものを撮ってみました。

オニフスベ

オニフスベとカフェオレ

オニフスベはハラタケ科のキノコで、それほど珍しいものではありませんが、とにかく見た目のインパクトは大です。色が白く、デカイので、ちょうど、バレーボールでも、ゴロンと転がっているような感じです。
「日本の植物学の父」と言われる牧野富太郎は、少年の頃、オニフスベに出会い、この強烈なインパクトから、キノコや植物に興味をもつようになったといった話を、昔、どこかで読んだ記憶があります。
ちなみに、オニフスベは、食べれるそうで、ハンペンのような食感なんだとか。さすがに、僕は食べたことはないですけど。(^^;

 

Nature by Numbers

昨日、これまた、久々に、下の動画「Nature by Numbers」を見てしまいました。
何回見ても、美しい映像です。皆さんも、是非、一度、ご覧になってみて下さい。(^^)

 

上の動画では、フィボナッチ数列や黄金螺旋、黄金角、ドロネー三角形分割、ボロノイ分割を自然界に当てはめています。見るだけでも綺麗ですけど、ご丁寧に制作者様の方で、解説もしてくれています。 英語ですけど、解説ページはコチラ

以前、フィボナッチ関係の、黄金比や黄金螺旋、黄金角に、かなりハマった事があったんですけど、昨日は、なぜか、ボロノイ分割にハマってしまい、一日中、調べたり、実際に描いてみたりと、ついつい時間をつぶしてしまいました。(笑)

 

ボロノイ図

下の図の赤い点(母点)を囲む青い線に囲まれた部分が、それぞれの赤い点に一番近いエリアになります。
ボロノイ図に関しては、検索してもらえれば、あちこちに、かなり詳しい説明が書かれていますので、興味のある方は、是非、調べてみて下さい。ボロノイ図は、学区の設定や画像データの圧縮、携帯の基地局探索、消防署の管轄等々、幅広く、利用されています。

ボロノイ図

上の図は、中心付近に母点を密集させて、周囲にいくに従い、母点をまばらにして描いてみました。見た目、母点が核って感じで、なんか、細胞っぽいですよね。

それも、そのはずで、ボロノイ図は、細胞の並びや、上の動画のようにトンボの羽、葉脈、キリンの模様、ウミガメの頭や足の部分、ツクシンボウ、トウモロコシの実の並びなど、自然界のいたる所で見られるものなんだそうです。ミツバチの巣だって、母点が規則正しくならんでいるボロノイ図になっていますし。
それで、今日は、ついつい、ハスやオニフスベを撮りながら、ボロノイ図を探してしまいました。(笑)

 

ハスの葉の葉脈。
これも、ボロノイ図っぽくなっているのかな~?

ハスの葉の葉脈

 

ハスの花の中心部。
これも、熟して、ハスの実になると、ボロノイ図模様になるような気が・・・。

ハスの花の中心部

 

オニフスベの表面の模様。
これも、ボロノイ図っぽいのかも・・・。

オニフスベの表面の模様

 

つれづれと

上の動画「Nature by Numbers」の前半に出てくるフィボナッチのところで、ヒマワリの種が出来る様子を黄金角で描いていますが、植物の葉の出方なども、この黄金角に従って、出てくるものが多いようです。また、フィボナッチ数自体も、松ぼっくりやサボテンの棘の渦など、様々な所で見られるのだそうです。

しかし、動画の最初の方で、黄金螺旋として描かれている、オウム貝の巻き方ですが、これは、実際には、黄金螺旋とは違う対数螺旋であることが分かっています。動画の作者も解説ページの中で、「cheat」という表現を使い、動画が完成してから、それに気付いた為に、時すでに遅しで、直すことができなかったと書いています。
まあ、以前は、自然界の中に現れる黄金螺旋の典型例の一つとしてオウム貝が、よく、取り上げられていましたので、仕方がないことのように思います。(^^;

 

ボロノイ分割にしても、黄金比や黄金螺旋、黄金角にしても、もともと人類は自然の中に見てきたんでしょうし、人類自身も、知らず知らずのうちに、それを、生活の中に取り入れていたんじゃないかな~と思います。そして、人類に知恵がついてくると、それらを数学的に、どういったものか定義してきたんだと思います。
一旦、数学的に定義すると、逆に、今度は、それに自然界をあてはめられないか? いや、きっと当てはまるはずだ! と、バイアスをかけて自然界を見ようとする傾向があるような気がします。きっと、人間って、法則性や規則性が好きな動物なんでしょうね・・・。

でも、ボロノイ分割にしても、黄金比や黄金螺旋、黄金角にしても、自然界の造形物が数学的に100%ピッタリと合うってことは無いと思います。逆に言えば、自然物の一つである人間も、それに当てはめて考えたい欲求に捉われながらも、直感的に、100%は当てはまる事がない事を知っています。

自然って、明らかな傾向を持っていても曖昧なものなんだと思います。つまり、傾向と曖昧さを持つのが自然であって、人間が言うところの法則とは、別次元にあるもののような気が僕はしてしまうのです。(^^;

科学は、とりわけ、この曖昧さを除去して、法則性を発見し、その証拠を揃え、明確に証明する学問であるのかもしれません。しかし、自然がそもそも「傾向と曖昧さ」を併せ持つ存在であるならば、その片方だけを追求してきてしまったのが、現在の我々人類なのかもしれません。もっとも、最先端の物理学では、カオス、ファジー、複雑系と言ったような言葉が出てきますから、ようやく科学も、自然のもう一つの要素である曖昧さに踏み込んできているのかもしれませんけど・・・。(^^;

 

僕が子供の頃に比べると、それが、いいとか悪いとかは別にして、最近の日本では、やたらと物事に白黒つける傾向があるような気がします。つまり、曖昧さが許されにくい社会になってきているような気がします。言い方を変えれば、社会にゆとりがなくなってきているというか・・・。

上で書いたボロノイ図がトンボの羽に、100%ピッチリと当てはまる事はないと思います。これを、ピッチリと当てはめようとすれば、「こういう因子が働いた場合はこうなる」ってのを無限に書き出さないといけないのかもしれません。

それと、同じで、ものの善悪やなんかも100%ピッチリと線引きして決め事を作ろうとすれば、無限と言ってもいいほどの決め事が必要になるかもしれません。昔はよく、「悪い事をしたら駄目だぞ!誰も見ていなくても、お天道様だけは見ているからな。」なんて事を言ったりしたものです。この言葉は、悪い事の定義も分かりませんし、制約事項も曖昧です。でも、子供の道徳心に働きかけ、行動に一定の制約をかけていたんじゃないかと思います。

人間社会だって自然物の一部であり、当然、「傾向と曖昧さ」を併せ持ちます。いわゆる決め事や規則などは、傾向の部分を制御する為のシステムであり、曖昧さを制御するものが、道徳心なのかもしれません。そう考えると、道徳心を育てる為の教育に、もっと力を入れないといけないのかもなんて考えてしまいました。

人間社会における人間の行動において、曖昧さを制御できるものの一つが、道徳心なら、道徳心というのも、また、自然が人間に与えた一つの能力なんだろうな~なんて思ってもみたりしました。

ハスとオニフスベの写真を撮りながら、昨日のボロノイ図を思い出して、とりとめもなく・・・。(^^;

 

 

 

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YASUKE YAMURA

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